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グリーフケアを受ける

先日、父の死に関して自分の気持ちを整理すべく、
グリーフケアを受けました。

そこで、キリスト教系の病院の地域連携室、パストラルケア部、
臨床カウンセラーの方の講演を聞くことが出来ました。
貴重な経験でした。

資料が配られ、緩和ケアとは何か?についても話されました。
私は、死について、そして健康について考えさせられました。

世界保健機構が出している定義、
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく
肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態に
あることをいう」というもの…

では、ガンの人は定義からすると、健康なのでしょうか?
という問い。
その方は、愛する家族と一緒に感謝しながら共に生きている、とのこと。

結局、健康とは、ご本人が決めることで、定義が決める事ではない、と
先生が言われました。

その先生がドイツに行った時のこと、ほとんどのホスピスが、
幼稚園や小学校、動物園に隣接し、園児達は、散歩の時に
ホスピスの窓ガラスを見て、ろうそくが灯っていると(灯っているのは
誰かが御昇天されたという意味)先生と一緒にそのろうそくのもとで
お祈りするのだそうです。自分が、今、生きていることは
当たり前ではなく、いただいたものであり、誰かと共に大切に生きて
伝えていくという人間の根本的なスピリチュアルな部分の
情操教育をされているとのことでした。

これを、”命をつなぐ教育”と表現するのだそうです。

あと、他にもいろんなことを学び、特に病気になって病院のお世話に
なっている時の精神の自律の状態について学びました。
以下に資料から、そのまま抜き出した文章を載せます。

***********************
 
 自律は、身体が動かなくなって思うようなことができなくなることだけを
さしているのではありません。自らで自らのことを意思決定することが
できることを自律と言います。他者の幸せや行く末を良きものであるようにと
病床にあっても願う事が出来る人は、自律の喪失をしていません。
身体は動かなくなったが、「ありがとう」という感謝の言葉を言える方は
自らで自らのことを意思決定している自律した人です。
人間はある部分が動かせなくなったら、自分のどこが動かせるのかを考えます。
体の現状は変わりませんが、心を動かし、考え方を動かすことができます。
だんだんと病状が変わっていく時、スタッフに身体を任せ、そして、
委ねていくことは人間の尊い自律心です。患者さんが身体をスタッフに
委ねている時に出る、「ありがとう」の言葉はものすごく深い意味があります。

************************

あと、自分の価値観なしに人の話しを聞くことや、
共感はできない、ということなどを話されました。

私は、父の死をきちんと受容できていませんでした。
それで泣けなかったのです。なので、
父の最期の時を思い出しました。

父は最後の瞬間まで、力いっぱい生きていました。
それを見守る私達家族は、共に強く、力を合わせて
一緒の時間を過ごしたのでした。

私は、そのことを先生に教えて頂いた時に、やっと
目から涙が沢山流れ出てきたのでした。
その後には、なんだか温かな気持ちになりました。
充足したのです。

講演が終わって、悲しみの中にいる人達と語らいました。
いろんな話しが聞けて、ためになりました。
私も勿論、自分の気持ちを話しました。
その時も、涙が沢山出てきました。

会が終わって家に帰ると、身体の力が抜けてぐったりとしていました。
だから早めに床につきました。

本当にこれからは、父の死を受容し、新たな気持ちで生きていきたい。
あの体験に、ありがとう。

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時を待つ

今月の「こころのともしび」の中のお話です。

**************************

子どものときからせっかちなわたしは、時を待つということになると、
すぐいらいらしたものです。

 ある日、朝の御ミサを終えて、数名の修道女と朝食を共にしていた時、
コーヒーの飲めないわたしは、アイルランドのある修道女に紅茶をリクエストしました。
シスターは本国の習慣に従い、薬缶に水を入れ、それをガスコンロで沸騰させました。
沸騰するまでの間は、僅かですが、せっかちなわたしは、すぐいらいらし出して、途中で
「シスター、まだお湯沸かないの」と催促しました。

 すると、そのシスターはアイルランドの諺か、英国の諺か知りませんが、
きれいな英語でわたしに答えました。その英語を意訳するとこうなります。
「まだ沸かないか沸かないかと、いらいらしながら薬缶を見つめていると、
いつまでたっても薬缶のお湯は沸騰しないですよ。」という意味でした。
まさにわたしの欠点を薬缶の諺に託して戒められたのだと感謝し、時々思い起こしています。

 5世紀の偉大なキリスト教思想家、聖アウグステイヌスは時間に関してこう言っています。

 「時間というのは、人の意識である」と。

 この名言に出会ってからは、たとえば、ホームで電車などを待っているときなどは、
電車が来ないな、来ないなと、いらいらしながら電車を待っているよりは、たとえばポケットから
文庫本を取り出して読むことにしています。すると読み始めて直ぐに電車が来るという経験を
度々してきました。長い時間待っていたという意識などまったくありませんでした。
楽しいと思えば、今の人生は幸せなのです。反対に、面白くないと思えば、そうなります。
時を待つのではなく創造しましょう。

***********************

昨日でコールセンターの仕事が終わりました。
単純だけどハードな仕事でした。でも、楽しかった。
これから仕事を見つけなければならないけど、コールセンターで働いたお陰で、自分に
自信がつきました。

早く仕事がみつかるといいな。でも、慌てないでゆっくり無理なく探そうと思います。
今の自分に満足して、リラックスして時を待とうと思います。

最後のキリスト教学の授業

昨日はキリスト教学の日で、課程の修了の日でした。いつも何でも作って下さる
Fさんが、カレー(市販のルーは使われていない)と玄米ご飯、その他もろもろを
持って来て下さいました。とても美味しかったです。
私が創価学会に入会したことを伝えると、みんな一様にびっくりしていましたが、
「信仰は自由だから」と言われました。もうキリスト教学の勉強には参加しないことに
決めました。それにしても昨日のキリスト教学は楽しかったです。愛でいっぱいな
感じがすると、Hさんがよく言うのですがそのとおりなのです。

家に帰ったあと、その日一日のことを考えて、何となくキリスト教に後ろ髪ひかれる感じが
しましたが、丁度、創価学会のKさんがアパートに来てくれて、一緒にお題目と勤行を
唱えました。するとフラフラと分離しそうになっていた気持ちが、また、しっかりと
してきて、今朝の勤行も上手くできました。

それはそうと、私は、創価学会のご本尊を置いている真後ろに、観音様を置いて、また
その横には、神道のお札を置いていたので、Kさんが、「いろんな宗教が入り混じると
身体に現れてくるよ」といわれ、どれも思い出深いものばかりなので処分に困ってしまいました。

でも、やはりきちんと処分するつもりです。

昨日は、そのKさんが、「cocottolandoさんも几帳面だねぇ。キリスト教学の人に
よく創価学会の話ができるなぁ、とその勇気にびっくりしていました。」と言われ
そうなのかな?と思いました。でもキリスト教学のみんなは、
「よく言ってくれたね。でないと、私達もなんでcocottolandさんは急に来なくなったのかって
気になって仕方がないから。」と言われました。

今日は最後に先生からプレゼントして頂いたキリスト教の中でも有名な詩をご紹介させて頂きます。
************************

私の願い
~ある兵士の願い~

成功するために神に力を願いましたが
与えられたのは謙虚さでした。
従うことを学ぶために

善行をするために健康を願いましたが
与えられたのは病気でした
より善い行いをするために

幸せになるために富を願いましたが
与えられたのは貧しさでした
賢くなるために

人から尊敬されるために能力を願いましたが
与えられたのは弱さでした
神を必要とするために

人生を楽しむために
すべてのものを願いましたが
与えられたのは命でした
すべてのものに感謝して生きるために

私が欲したものは
何も与えられませんでしたが
声にも出さなかった祈りが聞き届けられ
私はだれよりも豊かで
祝福された人間となれたのです

作者不明
この祈りはアメリカのある兵士が
病院の壁に書きつけたと伝えられています。

7の70倍、赦しなさい

聖書にはいろんな話が載っていて、読むたびにいろんな理解が深まるのですが
先週のミサでは神父様が「赦す」ということについて話をされました。

弟子のペドロがイエス様に質問をしました。
「私の友人が私に罪を行った場合、私はその友人を何回赦さなければならないのですか?7回ですか?」
するとイエス様が、「いや、7の70倍赦しなさい。」と言われました。
7という数字はキリスト教では無限大を表します。その70倍だから永遠に赦すという意味になります。

ここでいつも訪問させて頂いているヨガナンダさんのブログの中に、赦すということが
いかに人の心身の健康を左右するかが書いてあるものがありましたので、リンクフリーだし
ここでご紹介させて頂くことにしました。


http://yogananda.cc/health/kodawari.html

私は今、キリスト教の洗礼を受けるべく勉強の真っ最中です。
わだかまりを感じる人。あまりいないような…。よかった。

ヨガナンダさん。いつもありがとうございます。
今、小野春子さんの記事を読んでいる最中です。
やはり信仰の力は素晴らしいですね。
皆さんも、統合失調症が信仰の力で良くなるわけない、とか言わずに
ヨガナンダさんのサイトの小野春子さんの記事を読んでみて下さい。
へぇ~、こんな奇跡もあるのだなぁ、という感じですよ。

ショートストーリー

今日は週に一回のキリスト教学の日だったので教会に行きました。そこで、私の娘が通っていた
中学、高校がサレジオ会系のミッションスクールだったので、そのサレジオ会の人達が作っている
冊子が置いてあり、興味があったので家に持って帰りました。アパートでゆっくり読んでいると
とても心にじんわりと染み入るようなショートストーリーが載っていたのでご紹介の記事を書いています。
以前、統合失調症と共に歩む会の長根山さんが、私達は笑うよりも泣くほうがストレス発散には
効果があるのだということを教えて頂いたので、このストーリーが皆さんの何かの役に立てれば、と
思います。
以下の文です。
******************

人間さん。

文:ノゾエ征爾

人間さんは、ある時、2体のロボットを作りました。”少年ロボット”と、”大人ロボット”です。
人間さんは、少年ロボットには少年の心を、大人ロボットには大人の心をインプットしました。

少年ロボットは、悪さややんちゃばかりをしていました。そのたびに、大人ロボットが叱りました。
少年ロボットは小うるさい大人ロボットなんていなくなればいいのにと思っていました。

ある時、少年ロボットは、車にひかれて、右腕が粉々になってしまいました。
世界には部品が残っていないので、もうどうすることもできません。
すると大人ロボットが人間さんに言いました。
「ワタシノ右腕ヲ 少年ニあげてクダサイ」
「だけどそうしたら、君の右腕がなくなっちゃうぞ?」
「ダイジョウブです。」
人間さんは、渋々従うことにしました。
そうして大人ロボットの右腕が外され、少年ロボットの取りつけられました。

少年ロボットは、右腕だけ不格好になって、好きではありませんでしたが、ないよりマシだと思いました。
そうしてまたやんちゃに遊びまわりました。

またある時、少年ロボットは、トラックにひかれて左足がつぶれてしまいました。
すると大人ロボットが人間さんにお願いしました。
「ワタシノ左足を少年にアゲテクダサイ」
「だけどそうしたら、君の左足がなくなっちゃうぞ?」
「ダイジョウブデス。」
人間さんは渋々、大人ロボットの左足を少年ロボットに取り付けました。
少年ロボットは、左足まで不格好になって悲しい気持ちでしたが、歩けないよりはマシだと
思いました。そうしてまた、やんちゃに遊びまわりました。
右腕と左足がなくなった大人ロボットは、遠くからその様子を眺めていました。

ある時、人間さんが、ひどく落ち込みながら帰ってきました。
「少年ロボットが電車にひかれて…」
少年ロボットの頭だけが残っていました…。
大人ロボットは、残されたその頭をじっと見つめていました。

それから数日。
少年ロボットが目を覚ましました。
起き上ってみると、自分の体全部が大人ロボットになっていました。
右腕と左足のない、あの体です。横を見ると、人間さんが泣いていました。
人間さんの腕の中には、大人ロボットの頭が抱かれていました。
少年ロボットは、少し申し訳ない気持ちになりましたが、体を不格好だし、
右腕も左足もないしで、とても暗い気持ちになりました。
大人ロボットへの感謝もなく、逆に、うるさいのがいなくなって良かった、くらいにしか
考えていませんでした。

ある時、どこからともなく女の子ロボットが現れました。少年ロボットは、
不格好な自分を恥ずかしく思いましたが、女の子ロボットは、構わず仲良くしてくれました。
少年ロボットは、次第に女の子ロボットの事が好きになっていきました。

そんなある時です。
女の子ロボットの足が、雷に打たれて爆発してしまいました。少年ロボットは、
右足がなくなってしまった女の子ロボットの姿を見て嘆き悲しみました。
そして人間さんに叫びました。「オレノ右足をあげて!」
人間さんは驚いて聞き返しました。
「えっ?しかし君はすでに左足がないから…」
「…ダイジョウブデス!」
少年ロボットは、棚に飾られた大人ロボットの顔を見て泣いていました。
大人ロボットの気持ちがようやく伝わった。
人間さんは、うれし泣きをしながら、少年右足を女の子ロボットに取り付けました。

そうして両足が無くなった少年ロボットですが、女の子ロボットに車いすを押してもらいながら
今日も仲良く過ごしています。
人間さんは微笑ましくその様子を眺めています。
人間さんは、ふと、大人ロボットの顔が微笑んだように見えましたが、それはきっと
気のせいではなかったような感じがしました。
**********************

サレジオ会を作った、ドン=ボスコの言葉があります。

私は一人の貧しい神父にすぎない。
でもこれから先、たとえ一切れのパンしか持っていない時でも、
それを君と半分にするよ。


献身的な愛、無償の愛について学ぶことができる文と言葉です。
私も澄んだ目を持って、このような愛の世界に生きられたらいいなぁ、と思います。



プロフィール

cocottoland

Author:cocottoland
私のブログを訪ねて頂いてありがとうございます。私は1964年生。統合失調症です。離婚歴があり、娘は主人と一緒に遠くで暮らしています。娘との連絡手段はメールと電話のみです。

主人は最近再婚しました。(2110年)新しい娘のお母さんは、とてもいい人のようで安心しています。

私は一人暮らしですが、近くに母が元気で暮らしています。父は2013年10月31年に霊山へ旅立ちました。4歳年上の姉が一人います。家族関係は良好です。(以前は違いましたが…。ホオポノポノのお陰です。)

ホオポノポノによって元気を取り戻していく過程は劇的でした。今すごく幸せで充実した日々を過ごしているので、その中身を皆さんとシェアできたら、と思いブログを作りました。

皆さん、ゆっくり遊んでいってくださいね!



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