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ジュリー&ジュリア

今日はケーブルテレビで久しぶりに集中して映画を観ました。
「ジュリー&ジュリア」(2009米)です。

素朴で幸せな気持ちになる映画でした。
毎日をハードな、でも何の取り柄もない仕事に追われて暮らすジュリー。
その彼女を、ジュリアの料理本が救います。

ジュリーは365日の間に、ジュリアのレシピの通りの料理を作り続ける
ことをブログで誓います。
それから毎日、キッチンで美味しい料理を作り続け、ブログも毎日更新します。
そのうちに、ブログは人気に♪

とうとう365日を終えブログを閉めると、次々と出版社や取材陣から電話が!
ジュリアは一夜にして有名人になります。
喜んでいる時に1本の電話が。
90歳を迎えているジュリア本人が、ジュリーのブログを読んで、
不愉快だと言ったらしい、という情報が入ってきたのです。

でもジュリーの夫エリックは、「君の師匠は、いつも君の心の中にいるよ」と
優しく諭してくれます。

しばらくして、ジュリア・チャイルド展が町で開催されて、
勿論ジュリーは夫エリックとその会場を訪れます。
ジュリーは自分を幸せにしてくれたジュリアに感謝と愛をこめて、
料理によく使われていた、良質のバターを彼女の写真の下に飾り、
会場を後にします。

詳しいストーリーは書けませんでしたが、こんな感じの映画でした。
美味しい料理と、それを美味しそうに食べる人達が沢山出てきました。
そして主人公の女性が、健康的でチャーミング。
何も悲しいとか、重苦しいとか、話の途中で頭を使わないといけないとか、
そういうところがなくて、ただ、映画全体に幸せが漂っている感じ。

最近の私の心をリセットするのに丁度よい映画でした。
ホオポノポノのクリーニングとは少し違いますが、
今の私には、とても必要な映画だったような気がします。
この映画を今夜観たことと、何を感じたのかは、多分ずっと
忘れないでしょう。

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作業療法士の卵さん達

今日は職場に作業療法士の学生さん達2人が研修で来てくれました。
私達のピアサポート相談室で午前中いっぱい話をしました。

よく話を聞いてみると2人は私の娘と同じ年。
しみじみと2人の顔を眺めてしまいました。

福祉系の学生さんは優しくて素直で純朴な感じ。
私の娘は普通の学科で銀行員になる予定なので、少し雰囲気が違います。
いや勿論、私の娘もとても優しいんですけどね。

いろんな質問を、お互いに出し合いました。
なぜピアサポーターになったのか?とか、
脳障害のある人への作業療法はどうするのですか?とか。

脳障害のある人への作業療法士の働きかけは、とても難しいらしいです。
これまで出来ていた事が、障害のために突然出来なくなる…。
だから、とてももどかしい思いをして落ち込んでいく人が多いとか。
メンタル面での支えも必要なのだそうです。

緩和ケアの病棟での研修もあったとか。
私は自分の父の事を少し話しました。

アサーティブ・コミュニケーション法とか認知療法についても
質問させて頂きました。SSTも勿論出来るのだとか。
作業療法士って、最前線で働く人達なんですね。

作業療法は上半身への働きかけをして、
理学療法は下半身への働きかけをするのだそうです。

そういえば、私達の上司は、作業療法士でもあります。
とても健康的な感じ。
今日の2人の学生さんも健康的で可愛かったです。

私は、入院中に作業療法士の人から、ゲートボールをする事を
強要されて、苦痛だった話もしました。
強要だけはして欲しくないと訴えました。
学生さん達は、大きくうなずいていました。
多分、私がいつもゲートボールを避けているのを知っていて、
もしかして、勧めてみたらハマるのではないかと思ったのでは…、と
言っていました。そうだったのでしょうか。
それにしても、あの時のゲートボールは辛かったです。
その後は勧められませんでしたけどね。(笑)
その時の、作業療法士の方は私の辛そうな表情を、きちんと読み取って
くれていたのかもしれません。

今日は、2人の若い作業療法士の子達に良いエネルギーをもらった一日でした。
今日のこの日に感謝します♪

お祝いのドラジェ

今久しぶりに、リラックスしてBS-TBSの番組でフランスの美しい
田舎町の様子を観ています。

そこに、私が子供を出産した時に皆さんに配った、
砂糖でくるんだアーモンドのお菓子、「ドラジェ」が!
可愛らしいお店に沢山並べられていました。

懐かしいなぁ。
ピレネーの街並みが素朴で美しい。

その当時は、幸せでいっぱいでした。

その当時を思い浮かばせる番組。
お祝いの時は、「ドラジェ」を配る。
色とりどりの砂糖でくるまれたアーモンド菓子「ドラジェ」。

日曜日のマルシェ(青空市場)の様子も。
ジュネーブに居た時のことが懐かしく頭をよぎります。
あの時は子育てで一生懸命でした。

何もかも、懐かしい…。
自分も若かったし(笑)。

もう、あの頃には戻れないけれど、
懐かしく思い出す。
そんな癒しの時間が感じられます。







音楽の力

昨日、父のお見舞いに行った姉に、音楽が聴きたいと言ったそうで、
今日は母と私が、父がお気に入りだったCDを病院に持っていくことに
なりました。

最近の父は、私がCDプレイヤーを贈っても、あまり活用していなかったようで
その父が、久しぶりに音楽を聴きたいと言うことを訴えたことは
とても緩和ケアの効果を感じるものでした。
昨日から、父の鎮痛剤が強いものに変更になり、痛みが減ったのか
父は心の元気を取り戻したのかもしれません。

私は、娘が小さい時に聴かせていた童謡のCDを持っていくことに。
母は、父が若い頃好きで聴いていた、ポール・モーリア等のCDを
持っていくと言っていました。

昨日は父の病棟で、ささやかなコンサートがあったらしく、
その時に音楽が聞こえてきたらしいのです。

父が中心の看護。
いつも痛みが無くなるように祈っています。

私は父の影響か、音楽が大好きです。
お気に入りの音楽をヘッドフォンを使って
大音量で聴くのが大好きなんです。
先日は、本当に久しぶりにお酒を飲みながらご機嫌で
音楽、私の場合は洋楽なのですが、やはり大音量で聴きました。
とても気分がすっきりしました。
音楽の力ってすごいです。

そういえば、ピアサポート相談室では、仕事中に音楽を
聴いていてもいいのです。それはとてもありがたいことです。
音楽の音に敏感な同僚以外のシフトの日は、時々、音楽を
聴きながら仕事をしています。

リラックスできる音楽っていいな。

昨晩は、久しぶりにテレビで、「女警部ジュリー・レスコー」を
きちんと2時間集中して観ました。
このドラマの最後に流れる音楽も大好きです。
豊かな人間性を感じる音楽なんです。

ここのところ急に寒くなってきましたね。
皆さん、お身体に気をつけてお過ごしください。

********************

たった今、近所のファミマに行ったら
クリスマスケーキのパンフレットを頂きました。
早いもので、もうすぐ12月ですね。
パンフレットのケーキを見ているだけで幸せな気分になります。
冬は寒くて体には辛いけれど、クリスマスの時期は
あちらこちらに幸福感が満ちていて大好きな時期でもあります。
創価学会に入会する前に、教会に通っていた頃が懐かしく
思い出されます。あの時は、孤独感と苦悩でいっぱいでした。
一生懸命にイエス様にお祈りをして、キリスト教学を勉強して…。
あれはあれで、私に必要な苦労だったのでしょう。
よく、ここまでリカバリーしたなぁ、と感じます。
これからも、もっともっとリカバリー出来るように、
まずは体を大切にいたわりながら暮らそうと思います。

父と母の苦労

昨日は母と一緒に入院中の父のお見舞いに行きました。
2時から6時まで、病院にいました。

私は薬の副作用で少しそわそわ感が出ていたのですが、
何とか我慢してその場で出来る限りのことをさせてもらいました。
父は喉が渇いているのに、上半身を起こすのが辛いらしく
なかなか飲み物を飲んでくれませんでした。

私は通常の40代の人が持っているくらいの体力が欲しい…と
思いました。なにしろ最近、夜の中途覚醒を無くすために
薬を調整中なので、日中に眠くなることが多いのです。

実家に立ち寄ってみたのですが、母がこれまでの
在宅介護の大変だったことを話してくれました。

現在の病院に移った時に、先生が
「よくご主人がこんな状態なのに、在宅で頑張られましたね」と
言われたそうです。
離れて暮らしている私には、想像もつかないほどの大変さだったようです。

父は直前まで、実家から離れることを嫌がったそうです。
その気持ちがよくわかるので、母は一人で頑張っていたのです。

今、父は病院で食事ものどを通らずに、点滴だけで過ごしています。
おとといは、お風呂だったようですが、
「もう、あれだけはいやだ!」としきりに言っていました。

母は出来る限り父に、毎日会いに行くと言っていました。
私にも体力があれば…。

父は私には優しく、「無理をしなさんな」と言ってくれます。
そういえば上司も、私の夢を話した時に、
無理をせず、ぼちぼちとやっていったらいいですよ、と言われました。

母も私の夢について協力的です。
きっと主治医のすすめもあったからでしょう。

母は病院から帰宅すると、私と食事をしながら、
時々、目を涙で潤ませながら、これまでの父との会話や
入院した時に先生から言われた事などを話してくれました。

それは本当に大変な在宅介護だったようです。
母は、私が自分の将来の計画の事で一生懸命になっていたので、
心配をかけまいと、今まで私に本当の事を話さなかったようでした。

父は入院するのが嫌な様子でしたが、病院に通院するのが不可能な
状態になったので、すぐにその場で先生の判断で入院が決まったのです。
父の動揺は、結構なものだったようです。
でも本来ならば点滴を打たなければならない状態だったので、
仕方がなかったのです。

私も、今出来る事やしなければならない事をしっかり遂行していこうと
決心したいるところです。

そういえば、娘が父のために会いに来てくれるといっていたなぁ。
父はとても喜んでくれるに違いないです。
私が父に対して出来ることは、ただ元気に過ごし、
病院へ元気な顔を見せに行くことだけです。
自己管理をしっかりとしなくては…。

夜遅くアパートへ着くと、丁度、隣の部屋の老婦人が。
「親孝行していますね。くれぐれも悔いを残すことのないようにね。」と
言って下さいました。

昨日、母は自分が疲れているに違いないのに、私の事を
心配してくれていました。
私は、自分の病気平癒を願っています。

父と母を安心させたいです。




胸にジーンとくる言葉

先日、創価学会の会合で、池田先生の言葉を聞きました。
とても胸にジーンときたので、ここにご紹介させて頂きます。

*********************

苦労は力になる

悩みは知恵になる

悲しみは優しさになる

いちばん苦しんだ人が

いちばん幸せになれるのだ

**********************

バランス・セラピーでは、
苦しんだ分、人に優しくできる、という言葉を
聞いたこともあります。
これはピアサポーターにとって、とても大事な言葉です。

人の苦しみに共感する。
学会では、「同苦」という言葉を使います。

学会では、よく、ためになる言葉を教えて頂けます。
「いちばん幸せになれる」という言葉を胸に、
これからも頑張っていこうと思います。

父の入院

2年前から、がんの闘病中だった父が今日、新しい病院に
入院しました。そこは緩和ケア病棟(ホスピス)です。

母と父と姉の3人は、朝早くから新しい病院に行き、
父はいろんな事を主治医と話し合い、取り決めて
昼に入ったら今度はエコー検査を受けていたみたいです。
私は朝から大事な自分の用事があったので、昼過ぎから
3人に合流しました。

父はストレッチャーに乗せられて、今まさに緩和病棟に移ろうと
していたところでした。側に寄って声をかけると、すぐに気付いてくれて、
「難しい仕事をしてるね」と私にいつも言う褒め言葉を言ってくれました。
私は思わず、「ありがとう」といいました。

母は安心したみたいでした。だって、ここのところはずっと、
父はお風呂にも入れず、トイレにまで歩いて行けなかった
らしいのです。

固形物も全然食べれなくなっていたので、栄養のある処方による
飲み物を少しだけ飲んでいたので、衰弱が早かったのです。

痛みもあったし、
それは本当に大変そうでした。
テレビを観れていた時は、「人生を終えるということは大変なことだね」と
まだ笑いながら言っていたのですが。

今日は、いろんな思い出が走馬灯のように駆け巡って少し泣きました。
それに、とてもさみしい。
娘にも、父の様子を伝えておきました。

余命のことも聞きました。
残された時間を大切に父とのことに費やしたいです。

思いもかけない進歩

今日は日曜日♪
ゆっくりして…とは言っても創価学会のセミナーと御書勉強会がありますが…。
それはそれで楽しい時間です。
セミナーは私のアパートから、かなり遠くにある会館で開催されるので、
先日、とても心にジーンとくる体験談を話された、地区婦人部長が
車で私を迎えに来てくれます。ありがたいことです。
創価学会は、人と人とのつながりがすばらしいんですよね。

さっき久しぶりに去年の1月の自分のブログの記事を読んでみました。
するとなんと自分でも驚くほど、まだまだ調子の悪い様子がわかりました。
私はその頃、A型事業所で働いていて、主治医が私に、
そろそろステップアップした場所で働いてみないか?と言われていたようでした。
そして、それに対しての私の意見なのですが…それがまたまた今の自分からすると
信じられないほど消極的な意見で、「私は、A型事業所で長く勤めたい」と、
答えていたのでした。

それからいろんな経緯があり、結局、今のピアサポーターの仕事を
得ることができたのです。
まだ1年ほどしか経っていませんが、主治医は私がピアサポーターの仕事を
始めた時に、「あなたは本当にピアサポーターになって良かったね」と
何回も言って下さっています。

去年の1月頃の自分は、全然、自分に自信がない状態だったのでしょう。
記事を読んでみても、職場の人間関係が複雑すぎるにも関わらず、
じっと我慢して、働いている様子がわかります。

たしか事業所の仕事を得る前に、ハローワークのスタッフに、
一般就労を探していると伝えた時に、かなり病状について追及され、
職歴であまり長く勤めているところがないのを見て、かなり露骨に
馬鹿にされたのを覚えています。それで私は思わず弱気になってしまったのでした。
そして、そのような事で悲しい思いをするのが怖くなって、
ジョブコーチまでつけて頂く約束をしていたにも関わらず、
私はA型事業所にいく決意をしたのでした。
そのように決めた時には、もうハローワークで侮辱されることもない…、と
思ってホッとしたものです。

私は人の考えに左右されてしまうほど自分の生命力が弱っていたのでした。
今の私はと言うと…。そんなこと、ありえません!
これはやはり、今の仕事で自尊心を取り戻すことが出来たからです。
将来についても、今自分なりに考えていることがあります。
そんな事は、去年の1月頃には考えもしなかったことです。

今日は、先日、主治医から日記をつけて読み返していくと、自分の変化に
よく気づくことができるよ、と言われたので、去年の1月の記事を読んで
みたのです。ブログ書いていて良かったです。
自分の進歩と病気からの回復の様子がよくわかりました。
いや、病気と言うよりも、心の状態が正気を取り戻していく感じがよくわかる。
病気と心の問題というのは、私の中では全然違うものなのです。
特に統合失調症に関しては…です。
病気であっても心だけは健康でありたい。






久しぶりのカーブス健康体操教室

昨日は2カ月ぶりに、カーブス健康体操教室に行くことが出来ました。
ここのところ、ずっと睡眠の質が悪くて疲れていたので、気になりながらも
カーブスに行けなかったのです。

昨日は、脳神経外科にも行きました。あまりに長期間、頭痛がするので
心配になり、MRIの検査を受けました。
検査の結果は、異常なし、ということでした。
それでやっと安心して、カーブスに行きました。

マシンを使って運動すると、最初は重くきつい体が軽く楽になります。
皆さん、その効果を実感しているから、ずっと続ける方ばかりです。
経済的に余裕がある方は、その場でプロテインを注文して摂取しています。
いろんな効果があるみたい。

健康に気をつける、ということは自分を大切にすること。
よく年を取ってから背中が丸くなったり、あちこち痛くなったり、と
いうことがありますが、
私は、「それだけは勘弁して。統合失調症という持病があるのに…」
という感じです。

カーブスに行くと、気分が落ち着きます。リズムのある最新の音楽に合わせて
マシンで体を鍛えて、最後にストレッチをして。
充実感を感じます。

今から、近くの河川敷に散歩に行きます。
まだまだ日中は日差しが強いですが、朝夕は、
とても気持ちの良い空気溢れる季節になりましたね。

今日は頭痛もありません。
この感じが続けばいいな、と思っています。
プロフィール

cocottoland

Author:cocottoland
私のブログを訪ねて頂いてありがとうございます。私は1964年生。統合失調症です。離婚歴があり、娘は主人と一緒に遠くで暮らしています。娘との連絡手段はメールと電話のみです。

主人は最近再婚しました。(2110年)新しい娘のお母さんは、とてもいい人のようで安心しています。

私は一人暮らしですが、近くに母が元気で暮らしています。父は2013年10月31年に霊山へ旅立ちました。4歳年上の姉が一人います。家族関係は良好です。(以前は違いましたが…。ホオポノポノのお陰です。)

ホオポノポノによって元気を取り戻していく過程は劇的でした。今すごく幸せで充実した日々を過ごしているので、その中身を皆さんとシェアできたら、と思いブログを作りました。

皆さん、ゆっくり遊んでいってくださいね!



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