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一人でカウンセリング

昨日は、夜遅くまで一人で思い出したいろんな体験について、
ブツブツと部屋で呟いていました。
一人でカウンセリングでも受けているかのような状態になりました。

呟きだすと、いつ頃から体調が悪くなったのか、とか、
なぜ40代に入ってから病気が再発したのか、とかが明確にわかりました。

「なるほど…」と思っていたら、急に体も心も楽になり、
鏡で自分の顔をみると、表情もリラックスしたものに変化していました。

カウンセリングって大切だな…、とつくづく感じました。
でも、呟きだすと本当に大変長い時間が要りました。
これでは、実際にカウンセリングなんて受けられない、という感じ。
これから体調がいまいちの時は、必ず一人カウンセリングをしてみよう、と
思いました。

私の主治医は、最近私が元気で落ち着いているから、と言って、
あまりカウンセリングに時間を取られません。
最近はずっと5分間診療の状態です。
私としては、話したい事が結構沢山あるのですが…。

今日は診療日です。
何を話そうかな…。
主治医は330人の外来患者さんを抱えています。
やはり、ただの近況報告だけにとどまりそう。

何を感じたか…などと言う事は、自分で自分の感情面に責任を持って
消化していけばいいのです。

一人でカウンセリングをした後は、ほつれた糸がやっと綺麗な一本の糸に
戻った感じの気分でした。
また、自分でブツブツと呟きながら、一人カウンセリングをしようかな…。

自分で気をつけなければいけない事は、
意に反することを言ったりしたりしない事。
体と心に障るからです。
自分の気持ちに正直に生きる。
これが自分にとって一番大切なこと。

ストレスフリーな状態になりたい。
そういえば、昨日は、オーラソーマのカラーセラピーの中で
取り扱っている、イクイリブリアムというオイルを注文しました。
そのイクイリブリアムの名前は、「エナジー・レスキュー」。
体が心因性の事で衰弱している時などに使うものです。

カウンセリングとエナジー・レスキューの両輪で、
もっともっと楽な状態になりたいものです。




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グリーフケアを受ける

先日、父の死に関して自分の気持ちを整理すべく、
グリーフケアを受けました。

そこで、キリスト教系の病院の地域連携室、パストラルケア部、
臨床カウンセラーの方の講演を聞くことが出来ました。
貴重な経験でした。

資料が配られ、緩和ケアとは何か?についても話されました。
私は、死について、そして健康について考えさせられました。

世界保健機構が出している定義、
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく
肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態に
あることをいう」というもの…

では、ガンの人は定義からすると、健康なのでしょうか?
という問い。
その方は、愛する家族と一緒に感謝しながら共に生きている、とのこと。

結局、健康とは、ご本人が決めることで、定義が決める事ではない、と
先生が言われました。

その先生がドイツに行った時のこと、ほとんどのホスピスが、
幼稚園や小学校、動物園に隣接し、園児達は、散歩の時に
ホスピスの窓ガラスを見て、ろうそくが灯っていると(灯っているのは
誰かが御昇天されたという意味)先生と一緒にそのろうそくのもとで
お祈りするのだそうです。自分が、今、生きていることは
当たり前ではなく、いただいたものであり、誰かと共に大切に生きて
伝えていくという人間の根本的なスピリチュアルな部分の
情操教育をされているとのことでした。

これを、”命をつなぐ教育”と表現するのだそうです。

あと、他にもいろんなことを学び、特に病気になって病院のお世話に
なっている時の精神の自律の状態について学びました。
以下に資料から、そのまま抜き出した文章を載せます。

***********************
 
 自律は、身体が動かなくなって思うようなことができなくなることだけを
さしているのではありません。自らで自らのことを意思決定することが
できることを自律と言います。他者の幸せや行く末を良きものであるようにと
病床にあっても願う事が出来る人は、自律の喪失をしていません。
身体は動かなくなったが、「ありがとう」という感謝の言葉を言える方は
自らで自らのことを意思決定している自律した人です。
人間はある部分が動かせなくなったら、自分のどこが動かせるのかを考えます。
体の現状は変わりませんが、心を動かし、考え方を動かすことができます。
だんだんと病状が変わっていく時、スタッフに身体を任せ、そして、
委ねていくことは人間の尊い自律心です。患者さんが身体をスタッフに
委ねている時に出る、「ありがとう」の言葉はものすごく深い意味があります。

************************

あと、自分の価値観なしに人の話しを聞くことや、
共感はできない、ということなどを話されました。

私は、父の死をきちんと受容できていませんでした。
それで泣けなかったのです。なので、
父の最期の時を思い出しました。

父は最後の瞬間まで、力いっぱい生きていました。
それを見守る私達家族は、共に強く、力を合わせて
一緒の時間を過ごしたのでした。

私は、そのことを先生に教えて頂いた時に、やっと
目から涙が沢山流れ出てきたのでした。
その後には、なんだか温かな気持ちになりました。
充足したのです。

講演が終わって、悲しみの中にいる人達と語らいました。
いろんな話しが聞けて、ためになりました。
私も勿論、自分の気持ちを話しました。
その時も、涙が沢山出てきました。

会が終わって家に帰ると、身体の力が抜けてぐったりとしていました。
だから早めに床につきました。

本当にこれからは、父の死を受容し、新たな気持ちで生きていきたい。
あの体験に、ありがとう。

大切な一人の時間

昨日、母が一人で寂しい思いをしているのでは…と思い
電話をしました。すると母が、
「今日は一人でゆっくりといろんな事を考えて過ごしたい」と
言いました。

それを聞いた私は、ハッとしました。
「そういえば、私も父が亡くなってからきちんと泣けていない…」。

私もあまり父の事ばかり考えて、心身のバランスを崩すといけないから、
と思って、仕事や将来の事を考えて、気が張り詰めたままの状態だったのです。
母の落ち着いた言葉を聞いて、自分もゆっくりと父の事を考えて
一日ゆっくりと過ごすことにしました。

どれほど母が頑張っているか…。
父が自宅療養していた時に、母がどのような気持ちだったのか…。
痛みが増してきて体を動かすことが困難になった時、父が
どういう思いで布団の上で過ごしていたのか…。

私は、父や母にきちんと適切な態度で接していたのだろうか…。
特に父に、心のこもった言葉がけができていたのだろうか…。
今の母に、きちんと思いやりのある態度で接しているのだろうか…。

最近の私は、自分の気持ちばかりを優先しすぎではないのだろうか…。
今まで我慢してきた分、自分の気持ちばかりを主張しているような気がする。
母に対して、自分の気持ちをぶつけるような事を、それもネガティブな事も
含めて、全部出し切ろうとしようとしているのではないか…。
今、この大切な時に…。

多分、今、大切なことは、父の事にゆっくりと想いを馳せて
しっかりと泣く事のような気がする。
だってなぜか本当に、きちんと泣けていない。
未だに父が生きているかのような感じがする。

まだ私の心の中では、父の死を受容出来ていない部分があるのではないか。
また今度、ゆっくりと仕事が休みの時に、父の事を思い出して泣こうと思う。

娘は、海外旅行から帰ってすぐに、父のお参りに来てくれた。
そうして良かった、と昨日言っていました。
娘は、自分の気持ちに正直に従って行動をしたようです。
私はというと、薬で感情面も体力もコントロールしているせいか、
自分の本当の気持ちがわからない時がある。調子を崩すのが
とても怖いから、悲しみを無視しているかのようです。
薬の力を借りて、父の死後、悲しくなったりした時には、
抗不安薬を飲んで、ごまかしている。
こんな事を続けて、これから先にどんな弊害が出てくるのだろうか。

しばらくは、少なくとも49日までは、父の思い出と共に
静かに自分一人の時間を持って過ごしていきたい。

父と孫の絆

9日と10日に娘が亡くなった父のお参りのためにやって来てくれました。
娘は父が危篤になった翌日に、ドイツに海外旅行に行っていました。
私が娘に、父の危篤の事を知らせなかったからです。
8日に帰国して、9日早朝に駆けつけてくれました。

娘には帰国直後に電話で父のことを知らせました。
後で聞いたら、娘は電車の中で号泣していたそうです。
娘の寂しさ、悲しさはいかばかりのものでしょうか。

娘には今から20年前に、実家で父と娘が一緒に写っている写真と、
遺品の将棋の駒を渡しました。
娘は時々、それらを見て涙ぐんでいました。

私は、父の最期の思いやりのことを娘に話しました。
私が目ざまし時計をセットしている時間に丁度、息をひきとった事。
最期まで力一杯、生きてくれた事。
私達家族を最期まで思いやってくれた事。

12月の49日に、また娘がやって来ます。
入院中だった父に、「娘が12月にやってくるんだって!」と言うと、
父は、嬉しそうに笑っていました。
もともと12月に娘は父に会いに来る予定だったのです。

父は9月中旬に、医師から余命3,4カ月と言われていたのですが、
実際は23日の余命でした。

でも娘からドイツ旅行の予定を聞いて、ドイツの話で盛り上がった後に
姉から父が危篤だと知らされたので、
結局娘は楽しく旅行が出来たのだと思うと、そこにまた、
父の思いやりを感じるのです。
父がまるで娘に、「とにかく楽しんで行って来なさい」、と言っているかのように
私には感じられたからです。

今日は早朝から、NHKのラジオ深夜便を聞いていました。
今日の誕生日の花は、”ヒマラヤ杉”。
花言葉は、「あなたのために生きる」。

自分の周囲の人の事に思いを馳せながら、
小さな気配りから始まって、あるいは大きな社会貢献まで、
いろんな「あなたのために…」があると思います。

また新しい日が始まりました。
父の愛情が、きちんと娘に伝わっている。
そのことだけで、とても幸せです。

自分で感じ、自分で決めると言う事

素敵なメルマガが届いたので,
ここにご紹介です!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■チョプラ博士の教えVol.1

「魅力的な自分になるために」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


あなたの中にポジティブな面もネガティブな面も両方あります。

それは決して悪いことではありません。

あなたは完全なる存在だからです。


自分のシャドウ(闇の部分)を心地よく感じ、

無限なる意識があなたをそのように創ったのだから

それを心から受け入れて歓迎すると、

あなたの魅力は計り知れぬほど増し

あなたの人生は冒険そのものになります。


自分の不透明さを受け入れられると、

あなたは自然体になります。

自然体ほど美しいものはありません。


自分の強さも弱さも共に受け入れると、

あなたはシンプルで、気取りのない人間性を

周囲に振りまくことになります。


これこそが、魅力的であることの本質なのです。

なぜなら愛を退けてしまうような行動をとらなくなるからです。


「人は私のことをどう思っているのだろう?」

「私は人より優れているだろうか、それとも劣っているだろうか?」

「私は好かれている?それとも嫌われている?」

というような考えに囚われて、人から常に認められよう

とすることがなくなるからです。


実在しない理想像と自分を常に比較することもなくなり、

あなたのエゴも

「私はダメだ」

「もっと美人でなくては」

「もっとハンサムでなくては」

「もっと金持にならなくては」

などと語りかけてこなくなるからです。


もしあなたが、ありのままの自分でいようとする際に

「対象志向」であるならば、それは恐怖にもとづいていて

本来の姿に反するものです。


一方、「自己志向」であるならば、それは愛にもとづいていて

本来の姿を受け入れていることになります。


「自己志向」の人たちは自然体で、他人の意見に惑わされません。

無邪気で、シンプルで、まるで子供のようです。


「神様、私をこのように創ってくださって、ありがとうございます」

「私には良い面も、悪い面もあります」

「私の中にはすべてがあるのです」

「私は完全です」


自分を受け入れること…完全に受け入れることは、

自分を許すことを意味しています。


自分を許し、自分を非難・批判することをやめると

他人を非難・批判することもなくなり、

世の中の争いごとが減ることでしょう。


すべての人間関係は、自己を映し出す鏡です。

他人を惹きつけるあなたの魅力的な側面と、

嫌いな側面を紙に書き出してみてください。


そのリストアップした内容こそが、

まさにあなたの本質なのです。


もしあなたがありのままの自分を受け入れるなら、

そしてありのままの自分を愛するなら、

際立って魅力的になれるのです。


何故ならそれがあなたの自然体なのだから。


ディーパック・チョプラ


翻訳:水谷美紀子/渡邊愛子

********************


父が旅立つ

10月31日の早朝、父が霊山へと旅立ちました。
ガンだったにも関わらず、穏やかな最期でした。

長くガンと闘い、大変な生活だったと思います。
週末ごとにお見舞いに行くと、
「なんで、こんなになるのかなぁ…。わからん。」と呟いていた父。
本当はまだまだ長生きして、母と旅行とかに行きたかったに違いありません。
81歳の生涯でした。

危篤の知らせを受けてから急いで病室へ駆けつけると、
父はまだ意識がありました。
それから2日かけて、父は最期の力を振り絞って心臓を動かしつつけ、
家族に見守られながら、そして、大好きだった音楽を聴きながら
旅立ったのです。

私は、何しろ薬を服用しながら睡眠をコントロールしているので、
いつのタイミングで薬を飲んで休息をとらなければならないのかわからずに、
睡眠不足で辛くなってくる体が心配になり、
父が意識がなくなってから、ずっと薬を飲んで休む時期を見計らっていました。
なにかと不自由な私…。

父は心臓が強く、心拍数が90あると看護師の方に聞いた時に、
夜中の1時だったのですが、もしかしたら、もう少し
頑張ってくれるかもしれない…と思い、思い切って薬を飲んで
家族の控室で休むことにしました。
早朝、いつもの起床時間に目が覚めると、姉が部屋にやってきて、
「たった今、お父さんが息を引き取ったよ」と私を起こしに来てくれました。
なんだか私がしっかり睡眠をとり終わるのを待っていてくれていたみたいでした。
私は思わず、「お父さん。ありがとう。」と言いました。

父は最期まで周囲への配慮を忘れず、
何も不自然な処置を取らず、死の直前は穏やかに
短い入院生活で、霊山へと旅立って行きました。

私がずっと前から予約していた葬祭場で家族葬にして、
アットホームな温かな雰囲気の中で父をお見送りしました。
父が以前散歩をする時に、好んで選んでいた川の近くを
眺めることが出来る斎場の部屋で最期の時を皆で過ごしました。

父は中国の大連市生まれ。
アカシア並木がとても美しい街だったと聞いています。
アカシアは灌木なので、飾ることは出来なかったのですが、
白を基調にして、淡い色合いの花を飾って頂きました。
大好きだった囲碁将棋。
部屋の入り口付近に将棋の駒を飾りました。
父が大切にしていたものや、好きだったものを棺に沢山入れました。
式を終えたら、私と姉、それから孫が二人、
それぞれに遺品として、将棋の駒を一つずつもらいました。
私も今まだ父の旅立ちを知らずに海外旅行に行っている
娘のために、もう一つ駒をもらいました。

娘はもう少し父が生きていてくれることを願いながら、
12月に会いに来てくれる予定でいたので、
多分、海外旅行から帰り、父の訃報を聞いたら
とても落ち込むでしょう。
でも何も知らずに海外旅行に行った方がいいだろうと思い、
海外旅行の前日に父は危篤の状態になったのですが、
娘には何も知らせませんでした。

父の深い愛情や思いやりを感じます。
お父さん、本当にありがとう。
プロフィール

cocottoland

Author:cocottoland
私のブログを訪ねて頂いてありがとうございます。私は1964年生。統合失調症です。離婚歴があり、娘は主人と一緒に遠くで暮らしています。娘との連絡手段はメールと電話のみです。

主人は最近再婚しました。(2110年)新しい娘のお母さんは、とてもいい人のようで安心しています。

私は一人暮らしですが、近くに母が元気で暮らしています。父は2013年10月31年に霊山へ旅立ちました。4歳年上の姉が一人います。家族関係は良好です。(以前は違いましたが…。ホオポノポノのお陰です。)

ホオポノポノによって元気を取り戻していく過程は劇的でした。今すごく幸せで充実した日々を過ごしているので、その中身を皆さんとシェアできたら、と思いブログを作りました。

皆さん、ゆっくり遊んでいってくださいね!



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