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夏、WRAP集中クラスが終わる

1昨日と昨日は、WRAP集中クラスでした。
私は、サポーターとして記録係をしていました。
何とか役目を終えて、今日、ホッとしているところです。

記録をするにあたり、上司に後で編集をしてもらったのですが、
やはりもっとPCの腕を磨かなくては…、と思いました。

昨年度の集中クラスの時は、同僚が他人のコメントを記録
するということに対して、大変抵抗感があったらしく、
2日間とも早々に記録を切り上げて、後のことは
全部上司に押しつけて、ピア室で休んでいたのでした。

今年は、その同僚もすでにいないので、そのような事もなく、
無事、2日間とも思う存分に楽しめて、記録に集中する
ことができました。

上司のPCの扱い方を見ていて本当にその素晴らしさには
感動しきりでした。まぁ、当たり前といえば当たり前の事
かもしれないけれども。ほんとにいろいろと教えてもらいました。
記録をしている時にも、本当はご自分が始めから入力して
いれば楽なのに、私が入力に専念している間、
一言も干渉せずに温かく見守ってくれていました。

いつもWRAPに参加して思う事は、頭がスッキリすること!
活性化するというか!爽快感があるんです!

それに皆さん、いろんな考えを自由に語っている様子が
素敵なんです。 
今回は、支援者の方も2人参加されていました。
1人の方は、デイケアに是非取り入れてみたいとのことでした。
この様に、積極的なスタッフがいる病院は幸運ですね!

**********************

昨日は昼過ぎに雨が降り、今日は一段と秋らしくなってきました。
朝から久しぶりに、20年前に購入した大好きな、
ジャネット=ジャクソンのCDを聴いています。
私は、パーカッションやベースの効いた音楽が好きなんです。
かなりハードな感じですが、若かった頃を思い出しながら
聴いています。

40代に入り、大手スーパーでパートをしていた時などは
毎朝寝ぼけた頭をたたき起すために、ガンガンと
大音量で聴いたりしていました。今考えると、
リラクゼーション法の観点から、あまり感心できることでは
ないのですが…(笑)
いや、私はとにかくあの頃必死だったんです。
よく頑張っていたなぁ~と自分で自分を褒めてあげたい。

これからも色んなことが起こってくるのでしょうけれど、
WRAPでいうところの”サポーター”が幾人かいるので
大丈夫。
皆に支えられながらハッピーな人生を送りたい。

そういえば、3日前から向かいの家の解体工事が。
大きな由緒ある家なので時間がかかるみたい。
外から見ていても、家主の愛情が伝わってくるような
つくりの家なんです。
もったいないなぁ…と思いながら眺めています。
さっき見てみたら、もうすっかりと原型がありません。
もうじき解体工事も終わるのでしょう。
少しさびしい感じがします。時の流れを感じるというか。
祖父母が建ててくれた家が解体された時のことを
思い出しました。何だかあっけなくて…。
父はよほど悲しかったのか、跡地を見に行く事は
絶対にしませんでした。その父も、もう居ません。

一日一日大事に想いを込めて生活しようと思います。





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最も自然な生活

昨日は、手術前の最終MRIの検査でした。
待ち時間があるので、1冊の文庫本を持っていきました。
タイトルは、

・羽仁もと子選集
 「最も自然な生活」
        婦人之友社

この本は、だいぶ前にユニセフのボランティアをしていた時に、
皆さんから勧められた本で、思い出深く、
読んでいると心が整ってくるような心持がします。

著者は、明治、大正、昭和の時代を生き抜いた女性で
敬虔なクリスチャンでもあります。なので、
この方の文面は、とても誠実で謙虚で純粋なのです。

日頃から、どうすれば人に誠実に接することが出来るのか、とか、
どのような心持ちであれば、質の良い生活が出来るのか、とか、
いつも、最善を尽くして生活されていたようです。
この選集は、羽仁もと子著作集の中から、
今日の若い世代にもわかりやすい47編を選んで、
「最も自然な生活」と「人生の朝の中に」という2冊の選集
としてまとめられたものです。

”愛と寛容”や”愛することの幸福”など、誠実に人間関係を
築くには、どうしたら良いのか…など、とてもためになります。
たとえばこの一節、
「自分は至らないものだと、だれでも一方では思っていながら、
他人に対する時は、多く場合自分一人が良い者であるかのような
気になって、他人の不行き届きを不快に思い、
心しそかにと咎めたてをしているものです。
私どもが本当に他人を愛することの出来ないのはこのためです。」
何だか身に覚えがあるような気がします。
よくよく反省しなくては。

◆羽仁もと子
  明治、大正、昭和の3代にわたって、日本の社会の中に
  生活を土台とした独創的な活動の新分野を開拓した。
  思想家・雑誌記者・教育者
 
  明治6年、青森県の士族の家に生まれ、16歳で東京に
  遊学。日本で最初の府立第1高等女学校と、
  明治女学校に学ぶ。その頃、キリスト教を知る。
  明治30年、報知新聞社に入り、本邦初の婦人新聞記者と
  なる。同36年、夫羽仁吉一とともに、今日の「婦人之友」の
  前身、「家庭之友」を創刊、逝去までの54年間、
  その主筆の任を負う。
  一方、大正10年、当時の女子教育とは内容も外観も
  著しく異なった自由学園を開いて、人間教育の樹立を
  志し、就学前の幼児教育から大学教育までの基礎を
  築く。又、全国に広がる「婦人之友」の読者の集まりである
  「友の会」のリーダーとして、戦前・戦中・戦後も一貫して
  家庭を通して人と人とが自由を学び、協力し合い、
  愛のあふれる社会を創ることに努めた。
  昭和32年4月7日永眠、東京雑司ヶ谷墓地に葬られる。

精神障がいピアサポート講座④

1昨日は、ピアサポート講座の最終日でした。
テーマは、
「私の体験談・ピアサポートを語る」で、2人の
認定ピアサポーターが話をしてくれました。
2人共、病状を何とか良くしたい!というお気持が
強く、一生懸命に生きていらっしゃる様子が伝わりました。

そして、センターの技師が、
「ピアサポートをするうえで大切なことを考える」という
テーマで話をされて、改めてピアサポートを皆で考えました。
中でも、”フォーマルなピアサポートをするうえで
あなたは何が大切だと思いますか?”という問いには、
ピアの皆さん、本当に熱心にメモに書き込みを
されていました。
 
私は、傾聴の姿勢を基本とする、などのことも勿論ですが、
「自分自身が自分らしく活き活きと生きること」と書きました。
これは自己管理をするうえで大切なことだと思ったし、
そういう風に生きている自分が他のピアの
リカバリーモデルとして成立するのではないかと
思ったからです。

その後は、グループワークでピアカウンセリングをしました。
久しぶりのピアカンだったので、楽しく実践させて頂きました。
同じグループのメンバーのことがわかり、安心して
心を開いて話すことが出来て満足しました。

リカバリーの転機は何でしたか?というテーマでは、
皆さんが、「特に転機というものはなく、自然と
リカバリーの道のりを歩んでいた」という方ばかりでした。

私も、転機というものはありませんでした。
ただ、とても病状が最悪だった時に毎日自殺を考えて
暮らしていたのですが、一方で、治癒に向けての意欲も
捨ててはおらず、「生きていれば必ず良いことが起きる」と
自分に言い聞かせて毎日祈りながら、本当に
それこそ1日1日を刻むように過ごしていたので、
やはり、あきらめない気持ちと祈りの力が、私を
リカバリーへと導いたのだと思います。
私のリカバリーの原点は、「あきらめない心」にあったのだと
思います。
”希望”という言葉とも置き換えられるのではないのでしょうか。

*******************
昨日は、ピアサポート相談室のピアサポーター4人で
講座の振り返りをして、1時間程、上司も含めて
ピアサポーターとして何を大切にするのか、という事を
皆で意見を出し合いました。
その後、4人でそれぞれの強み・良さ(ストレングス)について
思っていることを発表し合いました。
いろんな意見が、それぞれに出て、有意義な1時間でした。

そういえば、地元のとある病院が、
ピアサポーターを雇用することになりました。
「精神障がい者ピアサポーター育成活用事業」
(地域人づくり事業)
の一環で、研修もあるようです。
なかなか良い雇用条件だなぁ、と感じました。

私はというと…、
これからは自分の足の神経鞘腫と真剣に向き合わなければ
なりません。
術後の生活の工夫とか、今からいろいろ情報収集して
準備しておかなければならないかな、と思っています。
整形外科の主治医の先生には、手術が一番上手く
済んだ時は、どの程度の後遺症で済むのか等、
具体的なことを聞こうと思います。

上司とは今後のシフトの組み方について話し合って、
10月の第1週までお休みを頂くということで、今、
話が落ち着いているところです。

早く仕事に復帰したいです。
ピアの友人は、「完全復帰」を祈ってくれています。
私も頑張らなくては…。
そして今のうちに仕事の引き継ぎを完全に済ましておきたい。
いろいろ課題がありますが、ゆったりと構えて、
人に甘えられるところは甘えさせて頂いて、
安心な状態で暮らせるように祈っています。

精神障がいピアサポート講座③

昨日は、ピアサポート講座の中で、関東地区から講師を
招いて、ピアサポート講演会が開かれました。
講師の先生は2人…
・宇田川 健氏(NPO法人地域精神保健機構COMHBO共同代表)
・相川章子氏(聖学院大学、人間福祉学部人間福祉学科教授)
講演のテーマは…
「ピアサポート・ピアスタッフ・経験をいかす仕事」

2時間ほど、スライドを見ながらのトーク形式で話をされていきました。

ピアサポートに大切なことは、”支え合う”こと。
そして、”自主性を育む”こと。

宇田川さんは、精神保健の枠にはまってしまう事の怖さを語りました。
また、相川さんは、支援する側と支援される側、という古い
システムをピアサポートをすることで、その意識を変えていこう、と
語りました。

いろんな話しがあったのですが、最後に…
新たなポジションの創設、意識改革、そして
リカバリー志向への転換、差別偏見の軽減、
ピアサポートのサービスの質の向上、
専門職とのニーズの共有
等、
訴えかけられました。

自分の地位を自分が守る。
そして、ピアサポーターは今、産みの苦しみの中にいる…
というスライドは、とても印象的でした。

私は、主幹と一緒に、お二人の講師を空港まで
送迎させて頂きました。車中で、こんな話、
聞いていてもいいのだろうか(笑)というような
宇田川さんの話も聞かせて頂きました。
とても充実した講演会でした。

講演会が終わったら、ピアサポート相談室にて、ピアの皆と
講師の先生と職員で意見交換会をさせて頂き、
私は宇田川さんに世界の精神科事情と、当事者の様子に
ついて質問させて頂きました。
いろんな各国の事情が聞けた後は、
数人で懇親会がありました。
皆、薬を服用しているので、あくまでお酒を飲むというよりは、
美味しい郷土料理を楽しんで交流する、という感じ。
これでも、本当にためになる話をお二人から聞けました。
 
帰りはピアの同僚と、ピアサポートについて話をしながら
盛り上がりつつ、バスの時間があるので
急いで別れて帰途につき、
満足感と一緒にお風呂でリラックスした後に熟睡です。
楽しい特別な日であった、と思います。

***********************

昨日は、講演会会場で久しぶりにあるピアの友人と
会いました。彼女は手術を受ける予定の私のために
わざわざ神社で参拝して、お守りを持ってきてくれました。
お守りの袋には、

「浄明正直」

という文字が書いてありました。
私はそのように生きていきたい。
鈴がついていて、鳴らすと本当に心地よい音がするのです。
早速、自分がいつも持ち歩くバッグにつけさせて頂きました!
本当に、ありがとう!

今日は仕事が休みです。
いつの日か、週5日、フルタイムで働けるようになりたい。
その前に、手術が上手くいきます様に…。

精神障がいピアサポート講座②

1昨日は、4回のシリーズで行われる、
精神障がいピアサポート講座の第2回目の講義がありました。

第2回目のテーマは「ピアサポート活動の実践報告とピアへの思い」。
私達、市のセンター内のピアサポート相談室のピアサポーターの
活動報告と日頃の思い、仕事を通して感じた事などを話し、
市の精神保健福祉室からのピアサポート活用事業の説明、
それから、地域移行支援・地域定着支援事業のピアサポーターから、
活動の実績と、仕事を通して感じた事などを発表していきました。

最後には恒例のグループワークがありました。
やってみたいピアサポート、ピアサポートの将来像などについて
話をして、付箋に書き出して模造紙に貼っていきました。
みんなで模造紙の作品は好きなようにデザインしました。
そのためのいろんな色合いのマジックもありました。

毎回、話が白熱して時間内には終わりません(笑)。
第2回目もやはり、いくぶんか時間オーバーしました。

講座が終わったあと、私達ピアと職員それぞれ2名ずつで
片づけをするのですが、予算の関係で残業が出来ないので、
時間内にバタバタと急いで机やイスなどを移動し、
片づけが終わる頃には、疲れでさすがに頭痛がし出しました。
でも翌日は仕事がオフでゆっくり休めたので大丈夫。
なんと、その日は7時に寝てしまいました!(笑)

こんな疲れって爽快で好きだな…。
完全燃焼した後に、ぐっすりと眠る。
気持ちの良い事と言ったら!

いつもこんな状態で生きていきたい。

今日も仕事が休みです。
朝から家の掃除を徹底的に済ますのです。
清潔な家って気持ちがいい。
生活自体も整ってくるし…。

そういえば昨日は精神科の病院の受診日でした。
主治医が私の話を楽しそうに聞いてくれていました。
最後にピアサポーターの雇用が出来る様に、
考えていこうと思う、とも言われました。

最近、少しずつ地元でも、
病院がピアサポーターの雇用を考えているという話を
聞きます。
良い兆候です。
将来に光がさしてきたような感じがします。
ピアのみんなも、これを望んでいたのです。

ピアサポートの将来像…。
社会にもっと関わりを持った、社会に貢献するピアサポーター。
入院中の当事者と地域のかけ橋となるピアサポーター。
目標に向かって、みんなで力を合わせて頑張っていこう!

***********************

今日は広島の平和記念式典が8時から行われます。
私は、この式典が大好きです。
というのも気持ちが引き締まる想いがするからです。
平和という言葉。
心の平和から地域の平和、世界平和まで沢山のものが…。
大切に感じていきたいです。

今日はとにかく祈る。そして瞑想する…。
平和について。

素晴らしい時を過ごそうと思います。

ことの重大さ

神経鞘腫と判明していから2カ月になろうとしています。
昨日、ピアの友人が心配して電話をかけてくれました。

「痛みには、温めるのと冷やすのと、どちらがいいですか?」と
聞いてくれました。
私はどちらも試してみたことがないので、よくわからない、と
答えると…、なんと、その友人の御両親が私と同じ病気で
亡くなったとのことでした。

神経鞘腫の腫瘍は、良性と悪性があります。
主治医は多分、良性だろうと言っていました。
でも、組織検査をしていないので、あくまで推測の域の意見です。

友人は、今度会う時に、お母様が使っていたという、
足を温めるためのツールを持って来てくれると言いました。
その後、私は神経鞘腫が大変な病気であることを
改めて実感したのでした。

友人のお母様は、仕事のために手術を遅らせたとのこと。
私がしようとしていることと同じです。
私も、9月18日に、どうしても引き受けたかった仕事があるので、
手術日を、うんと延ばしたのでした。

来週の始めに、主治医から手術日を新たに決めるための電話が
あります。その時までに、よくよく考えて結論を出さなければ…。

友人のお母様は手術後に仕事に戻られて、15年生きられたそうです。
悪性だった、とのことでした。

私の主治医はとても慎重で優しいタイプの先生です。
その主治医が、多分良性だというのならば、仕事を
9月中旬まで延ばしても大丈夫なのではないか?

電話があった時に、悪性の症状の特徴を聞いてみよう、と
思いました。勿論、良性の特徴も。
それから手術日を決めるのです。

9月18日の仕事…。
私にとって、初めて自分で引き受けた講話の仕事です。
仕事の話を受けた時、
本当に気持ちが引き締まる思いがしたものです。
それから、ぐんと体調も良くなってきて…。
記念すべき仕事なのです。

友人が、手術後に足が不自由になっても仕事を続ける事が出来る、と
励ましてくれました。
最近の私は、ピアサポーターを続けることについて
心境の変化を感じていたのですが、再び、
その熱意に火が灯りなおしたところです。
人の気持ちって、どんどん変わるものなのですね。

神経鞘腫のほうは、きちんと治して、
そして早く仕事に復帰しようと思います。

プロフィール

cocottoland

Author:cocottoland
私のブログを訪ねて頂いてありがとうございます。私は1964年生。統合失調症です。離婚歴があり、娘は主人と一緒に遠くで暮らしています。娘との連絡手段はメールと電話のみです。

主人は最近再婚しました。(2110年)新しい娘のお母さんは、とてもいい人のようで安心しています。

私は一人暮らしですが、近くに母が元気で暮らしています。父は2013年10月31年に霊山へ旅立ちました。4歳年上の姉が一人います。家族関係は良好です。(以前は違いましたが…。ホオポノポノのお陰です。)

ホオポノポノによって元気を取り戻していく過程は劇的でした。今すごく幸せで充実した日々を過ごしているので、その中身を皆さんとシェアできたら、と思いブログを作りました。

皆さん、ゆっくり遊んでいってくださいね!



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